気づきの覚え書き

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オリンピックをみて思うこと

ソチオリンピックで、メダルをとったりとらなかったりで一喜一憂します。
勝負に負けてしまうときは、ほんとにわずかなミスが多いです。
中には、金メダルをとってさえも、ミスをあやまってしまう選手もいたりして。

オリンピックではないけれど、自分の日常も毎日の仕事は真剣勝負。
たぶんほとんどの日本人がそうですよね。

ミスはゆるされない・・・

オリンピックほど注目されてないけれど、日常の仕事も、
ミスをおかさないように私たちは気をつけてます。

もう、国単位でなにか不始末があると、大変なことになります。

ミスをおかさないことで、社会が正常に動く、物事が正しく納まる。

そんなふうに自然と考えてしまいます。

だからいつも「ミスしちゃダメ」と警戒態勢です。

警戒態勢が強いほど、ミスをおかした人は責められます。


でも、ここで気づくのは「ミスをおかした人を責める」ということが、
なんの役にたつだろうかということです。

一方でヒューマンエラーは当たり前という考え方があります。
「ミス有りき」で、フォローを前提にした体制づくりがあります。

また、本来「ミスをおかす」ことが、本当に悪であるわけもないです。


職場で、いろいろな個性があり、
のんびりした人やあまり気が利かない人もいます。
みんなそれぞれの長所があり、短所があります。

ある人の行動や態度に、かちんときた時、
逆に考えると、自分には「その行動や態度」が足りなかったんじゃないか?
と振り返ると、実にまったくその通りです。

ミスをゆるさない風潮は、生真面目社会の日本の特徴でもあります。


オリンピックをみていて、自分がカチンときたり、がっかりしたとしたら、
それは、その状況を受け入れることができない「自分の心の反映」なんですね。

そのことを気づかせるための経験だったわけです。

そして、それが私の足りないところだったわけです。


日本人は、もっとのんびり生きていい、と私は思います。

生真面目なところが、いいところではあるけれど。

それに気づいたとき、もっといろんなことが赦せるようになる感じがします。

天命に全部託すことができるようになるといいのにと思います。

それがきっと、新しい進化。

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by wakeup71 | 2014-02-20 06:24 | 日常生活 | Comments(0)