気づきの覚え書き

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星野源さんと非二元論

非二元論は、もはや現在のスピリチュアルでは当たり前のようだ。

善も悪もないなんて話、ちょっと前はまったく受け入れられなかったのに、

この頃では、いろんな人がそのネタをつかう。

ネットの中にもその情報が増えた。

俳優でミュージシャンでもある才能が開花しまくっている星野源さんの歌。

歌詞はほとんど非二元論を歌っているように思える。

きっと到達した人は、もうこの世界にいる意味がない。

なぜなら、人間界はほんのちょっとした神の夢(エゴ)でできた世界で、

何度も輪廻して、こじらせることもないからだ。

で、そのせいか、星野さんは何度も生死をくぐってきてるようだ。


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非二元論が本当に身についたら(悟りをひらいたら)

この世界はどんなふうに見えるのだろう。

最近読んだ「わかっちゃった人たち」の経験談は、

わかっちゃっても、そんなに変化はないというのが答えのようだ。

もしも星野さんがわかっちゃった人だとして、歌にどんなふうに現れているだろうか?

そして、彼の人生にはどんな影響がでているんだろう。

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『夢の外へ』

夢の外へ連れてって
ただ笑う顔を見させて
この世は光 映してるだけ

~中略~

夢日記は開けたままで
夏は通りをゆく
嘘の真ん中をゆく

…………

これには最初、びっくりした。
探求の末の結末が
気楽に歌われている。

この世は「夢」だ。
私たちはただの夢をおおまじめに、
悩んで苦しんで生きる実感をあじわいながら、
一生を過ごす。
でもこの「夢」の発端はすべて自分の中にある。


『地獄でなぜ悪い』

~中略~

無駄だここは元から楽しい地獄だ
生まれ落ちた時から出口はないんだ

~中略~

嘘でなにが悪いか 目の前を染めて広がる
ただ地獄を進む者が悲しい記憶に勝つ

…………
その通りだった。

この世は神様がつくったんではなく、
人のエゴでつくった世界。
神にさからったという罪悪感から生まれた世界。
だから地獄であることはまちがいない。


『フィルム』

~中略~

どうせなら 作れ作れ
目の前の景色を
そうだろ

…………
フィルムという題名からして、
もうよく言われる例えを思わせる。
映写機の光を通ったフィルムは、
そこにあるような現実をみせる。
でも、それは嘘なのだ。
目の前の景色は自分で作ったもの。
心の中が外に映されたもの。

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その他にも、たくさんある。
星野さんの歌の中にある、非二元論へのヒントを集めたらきりがない。

彼は本当に悟っているのか?

たぶん一度はそれを経験したかも。

彼は自由の森学園にいた。

あの学校なら、哲学でも非二元論を学べそうなものだと思う。

だが悟っても、実は悟ってない人とほとんど変わらない生活をおくる。

ならば、見た目にはわからない。

ただ、PVでときおりカメラ目線になるとき、自分をみてるような気になる。

見る者の心に懐かしさを投げかける。

こんなふうに、目が合うと「いつかの自分?」のように感じさせる人は、

たぶん心に壁がない人だ。

私の場合、そう感じるのは、覚者だ。
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by wakeup71 | 2014-10-23 02:04 | 日常生活 | Comments(0)