気づきの覚え書き

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自分という映画(バードマンと大和田菜穂さん)

Non-Dualityとロードショーの映画を交互に見ていると、変な気になる。
最近の映画監督も脚本家もやっぱり非二元論は読んでいるんだろうなと思う。

バードマンを見ました。日本では人気がなくて、もう早朝しかやってません。
ゴールデンウィークの初っ端から、朝7:30に家を出て映画を見に行けるなんて、
よっぽど映画好きか、眠れない人だけじゃない?

案の定、バードマンはガラガラでした。
だけど・・・とっても、密度の濃いすごい映画だと思いました。

はい、ここからネタばれ


よくワンショットで撮ってると話題になる映画ですが、
この方法で、観客が主人公の視点にたつように撮影されていて、
とてもリアルな時間でした。
主人公のリーガンにいつもささやくバードマンは、
かつてのリーガンが演じていたヒーローでした。

「おまえはこんなことをしてる人間じゃない」

と、ずっとけしかけるようにリーガンに話しかける。

自我の最たる姿のような。

ああ、こんなの私にもいるなあ、と思う。
誰でも、いるのかな。
BUMP OF CHICKENの「才能人応援歌」みたいなバードマン。

得意なことがあったこと、
今ではもう忘れてるのは、
それを自分より得意な奴がいたこと。

そんなふうにバードマンの血がたぎってる主人公。
空想なのか真実なのか、空を飛ぶシーンもある。
まるで、誰もがもっている「憧れ」を表現しているように。
空を飛ぶ夢、みんな見てるんだろうな~
あんなふうに。
私もよく見てる。

とにかく、主人公リーガンの心情はとても恥ずかしいくらいリアル。
それが人間。

だけど、脚本のメッセージは最後の舞台のリーガンの台詞。

「俺は存在してない。俺は存在してない」

ピストルをコメカミにぶっぱなして倒れる。
それは実弾だった。

だけど 『存在してない』 とは。
これは、Non-Duality定番の言葉じゃないですか。
でも、ストーリー上では、とてもそんなおだやかなもんじゃなくて、
流血ものでしたけれど。

病室でバードマンに別れを告げたリーガンは、
少し自由になった感じがした。
『存在してない』 ことに気づいたのか?

観客は、みんなそこまでのメッセージだとは思ってない。
だけど、もしかして、この映画の監督は、
そこまで言いたかったのか?

・・・・・・・・・・・

日本人でありながら、外国で先に有名になって、
逆輸入されたNon-Dualityの大和田菜穂さんのメッセージは、
かわいい風貌に似合わずとてもリアルだった。

最初にこのことに気づいたきっかけは、
マクロビオティックのカンファレンスの会場での雑談だったそうだ。
あるトラック運転手さんの話。

何時間か、なんにも思考がなくなって、
自分がいないみたいになったときに、
普通に運転できていた。
そして、その移動した距離が、
まったく感じられず、自分はずっとそこにいたまま、
運転の動作だけをしていた。
変わったのは回りの風景だけ。

その話がひっかかってどうしてももっと知りたくなって、
マクロビのことなんかどうでもよくなった。

とても素直な方ですね。

その後、菜穂さんは気づきを経て、
存在しなくなりました………

はい。

映画を見てるのと同じなんですね。

自分が自分が、って思わなくても、
自然と物事は起こり、動いていく。
自分の動作、と思っていたことさえ、
実は自分がやってるのではない。

もう、完成されたストーリーの上を
見てるだけなんだ。
観客になってることしかできない。
ときどき、ワンショットのカメラで、
主人公と同じ感情を味わうけど、
それは、ストーリー上の話……
私は本当はどこにもいない。


大和田さんの話はとてもリアルだ。
https://youtu.be/Pu0aNix-27M
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by wakeup71 | 2015-05-03 09:50 | 日常生活 | Comments(0)