気づきの覚え書き

wakeup71.exblog.jp
ブログトップ

<   2014年 08月 ( 1 )   > この月の画像一覧

「バガボンド」を読みました

d0166615_17545628.jpg

井上雄彦氏の漫画「バガボンド」を読みました。
 まったく、遅ればせながら・・・

いつも絵に惹き付けられていましたが、
夢中になっている時間はない、と思っていました。

それがコンビニに並んだ37巻を見つけたとき、
d0166615_1813797.jpg

武蔵のこの表情、この構図から、なにかどうしても読まなければいけないような、
すごい引力を感じてしまい、1冊買ってしまったが最後、すべて手に入れずにはいられませんでした。

本当にすばらしい漫画でした。
表紙には一応、吉川英治氏の「宮本武蔵」が原作とあります。
もっとも、ストーリー的にはずいぶんアレンジしてありました。
だけれども、いっそ漫画の方が実際の人物に近かったのではないか?と
思うほど、迫力があります。
現代で、私たちが思い描く武蔵の姿はさまざまです。
漫画ですから、どんな内容でもアレンジは自由です。
今では、どんなストーリーを書いたとしても、すべてフィクションです。

でも、井上雄彦氏のこの武蔵は、本当に血の通ったそこに居る人間のように感じてなりません。
このリアリティはなんなのだろう?と。
もちろん、このすばらしい絵(芸術の域)のせいでもありますが、
この絵を描くための井上氏の仕事の流儀がNHKの番組でも紹介されており、
その集中力に驚きました。ごらんになった方も多いだろうと思います。

漫画のもとになるネームは、本当にその時の武蔵の状況や心情に達するまで、
じっくりと井上氏の中で練られます。
締め切りの前日まで、絵が描かれないことも・・・
その集中力は、たぶん時空を超えて、武蔵の気持ちに至っているだろうと思います。
あるいは、武蔵のように生きた人、生きている人物に達しているのだと。

ものを作り出すときは、できるかぎり本物であれ、とよく言われます。
事実に近いものであるほど、作品には命が吹き込まれます。


しかし「バガボンド」はそれだけでは、ありませんでした。

それは、このごろになって、ようやく私も気づくことができた、
無我について語られていました。

武蔵は、たくさん人を斬ります。
人を斬って、斬って・・・

こんな経験は、現代の私たちでは滅多にありません。
漫画でも、リアルな経験のようになります。
このような経験をしても、なお、どう生きていったらいいのか。

究極の生き方を考えさせられます。

一方で、最新刊に近い巻になると、武蔵はまるっきり反対のことをしています。
飢饉にある集落を救うため、稲を植え始めるのです。
37巻には胸をしめつけられるほどのシーンがたくさんありました。

「人間はどう生きたらいいのか」

武蔵のつぶやきは、そのまま、自分の心にかえってきます。

漫画を読みながら、自分の心を観察します。
人を切ったとき、どうだったか。
子どもを救うとき、どうだったか。
飢えるとき、どうだったか。
土をたがやしたとき、どうだったか。
種もみを植えたとき、どうだったか。
稲が育ったとき、どうだったか。

言葉にならない、感覚を追うと、
心臓がじんじんするような感覚に出会いました。

「?」

もしかして、経験はいつも同じなのか?
同じ感覚であったのか?

漫画では、小次郎の生き方と武蔵の生き方は、
人を切るとしても、まったくちがう動機でした。

でも、その時の感覚は同じ。

じんじん。

殺戮のシーンでも、食事のシーンでも、
稲を植えるシーンでも、喧嘩のシーンでも。

じんじん。

これが、人間が存在する意味なのか、と思います。

人を切る行為も、苗を育てる行為も、宇宙にとっては同じ意味なのかもしれません。

「バガボンド」はまだ終わっていません。

武蔵はどこまで悟るのかな・・・
見守っていきたいです。

d0166615_1432842.jpg

d0166615_1484475.jpg

模写でもしながら・・・
[PR]
by wakeup71 | 2014-08-09 18:38 | 日常生活 | Comments(0)