気づきの覚え書き

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あるヨギの自叙伝と非二元論

しばらく仕事と家事で手一杯でした。
また、疲労と更年期のせいか、ケガをしたり抵抗力が弱まったり。
身体も敏感になり、食べ物によってすぐにじんましんがでてしまったり。
手を差し伸べてくれるようなお顔が表紙にある、
ヨガナンダの本に惹かれてしまいました。

「あるヨギの自叙伝」 パラマハンサ・ヨガナンダ著


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非二元の情報だけにひたっていると、
いつのまにか孤独になってしまいます。
(一瞥体験があれば別ですが)

神はいない
自分もいない
世界は存在していない

それが真実なのだというのに、
なぜ楽になれないのか。

子どもの頃から、「神」に祈ることは当たり前でした。
家では父もお経をあげていたし、子どもたちもそれが当たり前でした。

「神」はいない
ということが、心にどれほど空白を作ってしまうか、
ヨガナンダ氏の本を読むまで気づきませんでした。

「あるヨギの自叙伝」では、当たり前のように神に祈ります。
聖者は存在し、弟子達に手を差し伸べます。
その様子は、心を温めてくれるものでした。

「神」はいるんだ、やっぱり。

ちょっとそんなふうに思いました。
この本を読んだら、いろいろと検証したくなることがあります。
誰もが気になるババジという聖者が紹介されています。

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例外なく私も気になってしまいました。
ババジは本当に神のような存在です。
年齢も1000年を超えていたか。
それなのに常に若々しい20代の肉体で現われ、
変幻自在であるようです。
思わず、ババジの本も読み込んでしまいました。

彼は調和を重んじ、回りに少しでも、不調和を感じると、
すぐにその原因に一言注意をします。
その様子は、二元的な善悪の世界かもしれません。
しかし弟子達にとっては、わかりやすい教えです。
それは、親が子を諌めるような愛情のこもったもの。

非二元の世界は、ババジやヨガナンダのクリヤヨガの考え方で言うと、
どういうものなんだろう?
それが気になりました。
ババジやヨガナンダやクリヤヨガの聖者も、
非二元の世界はわかっていて、その前段階として、
善悪を視点にすることもあるのだ、というのが自然な気がしました。

ババジの「光の道」はかなり俗世を感じさせるものではありました。
書いた人が、ドイツ人女性の弟子であり、
彼女のババジに対する熱狂ぶりは、空港にアイドルを迎えにいくファンの様相でした。
さまざまな奇跡を起こすヨガの聖者達をみていると、
人を惑わす魔術的なものも感じさせます。
人々が熱狂してしまうのもわかるような気がします。

けれども、
「あるヨギの自叙伝」の中盤ではユクテスワ師の講話や
ラヒリ・マハサヤ師との逸話もあり、
彼らの知識や話は現代の量子力学に通じるものがあります。
これらは非二元の世界がわかっている前提があると感じられます。

最後の方で、ヨガナンダの師である、
スリ・ユクテスワとの会話が書かれています。
それは、師が亡くなってからの会話で、
劇的な死後の世界が語られています。
これらはすべて驚くべき記録です。

ヨガナンダ氏は、生き証人として、
存在するいろいろな聖者を紹介して、
人々に人間の到達できる悟り、
その先の世界を表現しています。
けして説教ぽくない、読み手をひきこませるものです。
にもかかわらず、かなり真実に近いものであると思われます。


そうなると、また検証したいことがでてきます。
この本に出てくるババジはキリストとも親交があり、
またヨガナンダ氏の引用でも、仏教よりキリスト教の方がよく語られます。

以前見た、古代文明を研究する動画では、
キリスト教はミトラ教をそのまま使ったものであり、
またキリスト教は陰謀論的には、かなり曲げられたものになっています。

キリストという存在を疑うのもなんですが、
名前はともかく、逸話の内容から真実味を感じられるものを信じたいです。
その基準が、私の場合は奇跡のコースに準じるものとなっています。


人類に見本を示す、聖者の役割、その魂の出所まで考えてしまうこともあります。

これは最近では、ほとんど確信となっていますが、
地球に人類の種をまいたのは、別の惑星からきた存在です。
超古代文明では、彼らを神としていました。
そして、その中には人類をロボットのように使うつもりだった存在や、
自立した魂として育てるつもりだった存在や、
その他にもさまざまでした。

それらの存在は「神」というより、
個人意識のある二元的世界の生命であるといえます。

やっぱり「神」はいないのでしょうか。

答えはみつからず。

悩む前に、頭の中を空っぽにして、

「いまを生きる」

ことば無き意識に気づくことしかできません。
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by wakeup71 | 2016-08-17 00:38 | 日常生活 | Comments(0)