気づきの覚え書き

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ネイティブアメリカンと弁護士


満ち足りた成熟文化の中の貧困

彼はインディアン保護区の、砂漠におかれた、
トレーラー式の移動住宅に住んでいた。
保護区の砂漠には灌木とサボテンと砂以外には何もない。

車は七十年代のシボレーで、車体はでこぼこ、
窓ガラスがない、ドアはあるというありさまだ。
食べ物やガソリン、衣類などは、ヒーリングのセレモニーの報酬として
地元の住民から受け取るというライフスタイルである。

必要なものはだいたいすべて、そうして手に入れていた。
彼の現金での年収は、おそらく五ドルにも満たなかっただろう。
年間に彼が消費したものを市場価格に換算すれば、
五千ドルにもならないに違いない。
現代の西洋文明という基準からすれば、極貧の生活といって間違いない。
彼の場所から周囲三十キロに住んでいる二百から三百の家族は、
彼と同じ部族の人びとであり、ほぼ彼と同じ生活をしている。
彼らは例外なく「貧しい」生活をしている。

しかし彼らには、病気になれば、世話をしてくれる人びとがいた。
食べ物や着る物が必要であれば、隣人が提供してくれる。
困ったことがあれば、相談相手になってくれる人がいる。
彼の場合も子どもが一人いたが、子どもに何か必要なものがあれば、
それは必ずどこかからやってくる。

年をとれば、誰かが面倒を見てくれることを彼は知っている。
いま住んでいる家がだめになれば、皆が手伝って新しい家を建てるか、
新しい家を探してくれるだろうことも彼は知っている。
彼にどんなことが起こっても、
それは共同体全体のこととして対処してもらえるのである。


有り余る中の貧困

弁護士として非常に成功を収めている友人がいる。
この友人は、物質的な豊かさに囲まれた生活をしている。
上等な家具とカーペットのある高級住宅に住み、
メルセデスベンツの新車を持ち、十万円のスーツを着た生活をしている。

にもかかわらず、ウェティコ文化(勝ち負けの文化)特有の
貧しさのどん底で喘いでいる。
スピリットがない、時間がない、生活の安定が保障されていない、
仲間によるサポートもない・・・
彼の人生には安定した土台というものがないのである。

おまけに、人生の意味といえば、収入のレベルを上げて、
さらに物質的な喜びを高めることしかないように見える。

「いま失業したら、あなたはどういうことになる?」

「別な法律事務所に勤めることになるかなあ」

「弁護士の仕事がなくなったりしたらどうする?
 不景気かなにかで、クビになったりしたらどう?
 それで病気になったりしたら?」

「会社の保障がない場合?」

「そう」

「俺は死ぬだろうね」


///////////////

原題は「The Last Hours of Ancient Sunlight」
邦題は「ウェティコ 神の目を見よ」
引用は、トム・ハートマンという心理学者の著作でした。

ウェティコ とは、ネイティブアメリカンの言葉で、

「自分を支配者あるいは征服者とみなしている者」 だそうだ。

2年前にこの本を買っていた。
神との対話で、人類に示唆を与えた本として出されていたからだ。
でもあの時の私には、この本の内容をすべて理解するのはむずかしくて、
流し読みしていた。
それなのに、今は文章が頭に染み通るようにわかる(^^;)
精神世界系の本を読みあさり、心理学本、経済本、社会本、・・・
地域通貨、ベーシックインカム・・・いろんなことを調べるようになって、
やっとこの本の中身についていけるようになったんだ〜

今を生きることも書いてある。
ぜんぶ一度読んだはずなのに、どれほど浅く読んでいたことか。

上の文章は多少端折ってるけれど、現代のアメリカで暮らす、
ネイティブアメリカンと裕福なアメリカ人の生活のようす。

豊かなはずの生活をしている人がどれほど不安定な状態で暮らしているか。
ひとたび、会社から離れたら、弱くモロい。

いろいろな先住民族の習慣と考察が書かれているのだが、
オーストラリアのアボリジニの例が、感慨深い。

1900年初期に、ヨーロッパ人の宣教師がアボリジニの子ども達に
「フットボール」を教えた。
ところがアボリジニの子ども達は、
両方のチームが同得点になるまでプレーをやめなかった。

彼らの考えでは、両チームの得点が同じになった時が試合の終了を意味した。
これにはゲームを教えたイギリス人の宣教師達が面食らった。
宣教師たちは一年かけて、
ゲームには勝者と敗者がいるべきであることを子ども達に説得した。

こうした先住民族の人たちは「私」という一人称はつかわない。
「われわれ」と言うそうだ。
短期的な利益のために誰かを犠牲にしたり、環境を破壊することはできない。
他の命とつながっているという成熟した意識がある。

地球全体の自然から分離することは、成熟した文化ではない。

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どんな行為が自然から分離してるか、
先住民族の人は敏感にわかるんだろうな。

ああ、やっとこの本の意味がわかるようになった。。。
真実ばかりぎっしり詰まってるのに、
ウェティコ文化まっただ中で暮らしていた私にはわからなかった。

やっと、やっといろんなナゾがとけてきた。

ベーシックインカムを成熟した文化からみるとどうであろう。
どんなところに注意して、実行できるだろうか。
どんなふうにすれば、有り余る中での貧困者を救えるのか。
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# by wakeup71 | 2010-05-27 08:55 | Comments(0)

ぼくはうし

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Excite エキサイト : 社会ニュース

友人の そっぺさんの詩を紹介したいと思います。
これがこの気づきのブログの最初にくるなんてね。

 ぼくはうし(追伸あり)
 

 ぼくは牛です

 普段はしゃべることはできないんだけど
 今日は特別に人間語を話せる魔法をかけてもらったんだ
 
 今ね、日本の宮崎県っていうところで
 口蹄疫という病気が流行ってるよね

 ぼくら牛とか友達の豚とかヤギとかキリンとかシカとか…
 足の爪が偶数に割れてる動物の間で感染する病気なんだ

 自然界に生きる僕らの仲間が感染してもさ
 大病にはならないんだけど
 家畜として飼育されてるとさ
 なんせ人口密度?家畜数密度?が濃いからさあ
 すぐにドバーっと感染しちゃって

 症状は口とか足とかが水ぶくれになって
 食欲が落ちるから体重が減るんだよね
 そしたら人間にとっては
 肉質が悪くなるとかで価値が下がるみたいで
 そうなると育てる意味がなくなるみたい
 そして感染速度の速い病気だから
 もう、殺すしかないんだって

 一緒に住んでる仲間の1人でも感染してたら
 全員殺されるんだって


 もしも人間界でさあ
 クラスに1人でもインフルエンザに感染したら
 その学校の生徒全員殺します
 社内で1人でもインフルエンザに感染したら
 その会社の社員全員殺します
 町内で1人でも感染者が出たら
 その町の住人全員殺します
 って決まりができたらどうだい?

 

 ぼくらはそんな決まりの中で生きて、殺されていくんだ

 もっとも、その理由で殺されなくったって
 ゆくゆくはもっと恐ろしい目に遭うんだけどさ

 ぼくらを育ててくれてる農家さんは泣くんだよ

 ごめんな
 ちゃんと育て切らないうちに殺してしまうことになって
 ごめんな
 怖い思いをさせて
 ごめんな
 元気なおまえまで巻き添え食わせて
 ごめんな

 って、涙を流して泣くんだよ。

 その光景はきっと日本中の多くの人に
 ぼくらのことをかわいそうだと思ってもらえたと思う

 ぼくらはさ
 どの段階が人間の言う
 ちゃんと育ち切った状態なのか知らないけどさ

 やっと一人前になったかなって思った頃に
 突然トラックがやってきて
 育ててくれた人に手を振って見送られて
 知らないとこだけど恐ろしくて怖いってことは感じ取れる場所へ
 連れて行かれて
 怖くて足がすくんでると電気棒でお尻を叩かれて前へ進まされて
 額に電気ショックを当てられて気絶して
 目が覚めたら足の1本をヒモで縛られて逆さ吊りになってて
 なんだよやめてくれよってもがいてもとれなくて
 のどをズバッと切り裂かれて
 血がどくどくと流れ出して
 ぐるじい、、だずげで… と訴えてるのに
 足とか腕をどんどん切り落とされて体がバラバラになっていって
 意識はいつまでも残っていて…
 こんな一大事なのに誰も助けてくれないし
 育ててくれた人はもう知らん顔だし
 日本中の誰もが知らん顔

 みなさんにお初にお目にかかるのは
 スーパーのパックの中

 ちなみにどんなにバラバラにされても
 意識はちゃんと残ってるんだよ
 だれがどんな風にぼくらを飲み込んだのか
 見届けてるんだ
 胃袋の中に入って消化されたって
 意識は残っているんだよ

 まあそれは今はいいけれど

 ともかく
 そんな切ない最期よりも
 育ててくれた人が涙する目の前で
 血を出さずに殺されて
 運がよければ焼いてもらえ
 その手間がかけられない場合でも
 ちゃんと埋葬してもらえる
 手も足もくっついたまま埋葬されて
 手を合わせてもらえるんだ
 日本中の人からも
 かわいそうね、って思ってもらえる

 この病気で死ぬ方が
 ぼくらにとっては穏やかな気持ちで成仏できるんだ


 今回のできごとはさ
 世界中にいるぼくらの仲間で話し合って
 決めたことなんだよ

 この方法しかなかったんだ

 ぼくらの気持ちを伝える方法は
 これしかもう思いつかなかったんだ

 どんなにたくさんの人間たちに迷惑がかかろうとも
 もうぼくらにはこれしかなかったんだ

 ただ、わかってもらいたい一心だったんだ

 日頃、ぼくらがどんなに悲しい思いをしているのか
 ってことを…


 だからおねがい

 被害額がいくらだとか
 損失がどうだとか
 保障がどうだとか
 畜産業がどうなるとか
 他の業界への影響がどうだとか
 責任は誰にあるのかとか

 その心配をしながらでもいいです

 どうか問題の本質に目を向けてください

 いくら保障をしても
 畜産農家を支援しても
 地域を支援しても
 募金をしても

 問題の本質から目を逸らさないでください

 人間という生物は本当に栄養学的に
 ぼくらを日常的に食べないと生きていけないのか

 ぼくらに対するこのような残虐行為が
 人間どうしの争いに影響を及ぼしていることはないのか

 ぼくらを食べるために飼育することは
 地球の環境にとって最善なのか

 地球上では全ての人に行き渡る充分な量の穀物があるのに
 ぼくたちを養うためにそれが行き渡っていない
 ということはないのか

 ぼくらをこんな風に扱うことによって
 人間としての魂の成長は得られるのか

 …


 援助や募金をするのなら
 畜産農家さんたちが別の職業につけるように
 どうか支援してください

 屠殺業者さんが別の職業につけるように
 支援してください

 精肉業者さんが別の職業につけるように
 支援してください

 ぼくらが家畜制度から解放されるように
 環境を整えてください

 ぼくらを食物として扱わない
 新しい文明をつくる努力をしてください

 
 ぼくにしゃべれる魔法をかけてくれてありがとう


 ぼくらの気持ちをブログや日記、ツイッターなどで
 伝えてくれている多くのみなさん
 ありがとうございます

 
 最後まで読んでくれて
 どうもありがとうございました


 ぼくはうしです

そっぺ


 追伸:
 ひとつ言い忘れてたことがあったんだけど
 というか、本当は言ってたんだけど取り消してたことがあるんだ
 でも大切なことだからやっぱり言うことにしたよ

 それはね

 ぼくらは人間が大好きだってこと

 ぼくらはね
 人間が大好きなんだよ
 人間のために働くことが大好き
 重い物だって力持ちだから平気だし
 退屈な作業だって飽きずにできる

 一生懸命働いて人間の役に立って
 喜んでもらってかわいがってもらえると
 すっごく嬉しいしもっと役に立ちたいと思うんだ

 ぼくらが人間にできない仕事をやって
 人間たちがぼくらのお世話をしてくれるなら
 ぼくらは死んだあと人間たちに
 食べてもらうことも喜びのうちなんだよ
 ぼくらをかわいがってくれる大好きな飼い主さんが
 食べ物がなくてお腹を空かしているならば
 ぼくは喜んでこの身を捧げるよ

 ぼくらと人間はそういう関係だったんだと思うんだ

 大好きな人のためなら死ねる

 人間のみなさんもぼくらもその気持ちは同じだよ


 長くなっちゃったね
 読んでくれてありがとう

 また魔法をかけてもらって
 お話できたらいいな

 ありがとう


 うしより

 
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# by wakeup71 | 2010-05-25 20:46 | Comments(0)