気づきの覚え書き

wakeup71.exblog.jp
ブログトップ

原発推進と脱原発、闇と光、善と悪

津留晃一さんのメッセージ、ぱらりと読んだ。
答えがあった。
人間は結局、本人の生きたいように生きるしかない。
善を主張すれば、かならずその分、悪も浮き出てくる。
脱原発を語れば、かならず原発推進論も出てくる。
イタチごっこはいつまで続くのだろう。

d0166615_2214574.jpg


映画「マトリックス」で、ネオは自分の住んでいた世界が、
仮想現実であることを知る。
本当の自分が眠っていた世界で目覚めさせられて、
仮想現実に奇跡を起こせるパワーを得るが、
やはり最初は、仮想現実を管理するスミスに手こずる。
仲間と束になっても、最初は勝てなくて、
自分は期待された救世主ではない、と思うけれど、
最後の最後のドタンバで、自分を信じきることに成功する。

d0166615_22155325.jpg


この仮想現実の世界は、完全にコンピュータで作られた世界で、
プログラマーであるネオは、それが読み取れることに気づく。
真実の世界に目覚めて、自分を信じきって戦ったら、
スミスはもう敵ではなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
比較そして悟り

d0166615_22175939.jpg


〜中略〜

この世に「良い事」と「悪い事」はないのだ、
本当にそんなものはないのだ、
右を選べば右の道があり、
左を選べば左の道があるだけである、

と伝えられました。

右の道を選べば右の体験があり、
左の道を選べば左の道の体験があります。

その体験に、良いも悪いもありません。
ただその体験をしているだけです。
そして右を体験しつくした人はその体験による学びが終わり、
次には自ずと左の体験を望むようになってきます。

人はあらゆる体験をするために肉体を持ちました。
神には出来ないあらゆる体験をするためにです。
そして単にまだしていない体験に対して
欲望がわいてくるようになっているにすぎません。

従ってあなたは望むとおりに、欲望どおりに、
行動を起こしていけばいいわけです。
そのことに意味をつける必要はありません。
比較する必要などありません。

あなたは全ての体験をしつくすために今ここにいます。
そこには人殺しをした後の強烈な後悔の念を体験してみるという事も
含まれていたようです。
今あなたが人殺しをしようと望まないのは、
きっと既に過去世でそういう体験を
終わっているからなのではないでしょうか。
先生や、親から、人殺しはいけないと教わったから
人殺しを否定しているわけではないはずです。

そんなことは教わる前から知っていたのではないでしょうか。
それはあなたの過去世にある魂の記憶に
由来しているのだと思いませんか?

だとしたら人殺しでさえ大変貴重な体験であったといえるはずです。
あなたのする体験に「良い体験」も「悪い体験」もありません。
あなたのする体験に「得な体験」も「損な体験」さえもありません。
ですから起こってきた結果を比較することにどんな意味もありません。

このことが心の底から本当に理解できたとき、
あなたはもはや比較や判断といった
古めかしい習慣から解放されることでしょう。
あなたは右にしようか左にしようか迷わなくなります。
それはどちらでも良いからです。
その心境がブッダの言った中なる道、
「中道」ということなのではないでしょうか。

そこが我々の目指す最終ゴール、ニュートラルポイント、
宇宙の始まり特異点のことです。

〜中略〜

私の意識は右に揺れ、左に傾きながら歩んできました。
他人の言葉を聞き、現実を見て、
意識は上がったり下がったり揺らぎ続けてきました。
全ての統合を目指して。
大いなる一つに帰り着くことを目的として・・・。

しかしその「大いなる一つ」とは、目指すゴールではありませんでした。

それはもう既にここにありました。
元々それは今ここにあった事に気付きました。

「無」とは今ここの「有」の裏側にそのままありました。
「無」に帰り着く必要などなかったのです。
「無」とはこの「有」なる世界を表現する土台と考えればいいでしょうか。
「無」を体験してみたければ、

あなたの意識をくるりと裏返しにひっくり返してさえみれば、
そこにそれを感じるでしょう。
ちょうどメビウスの帯を立体的に作ったものを想像してみると
解り易いかもしれません。

 今が一つ、ここが一つ、今このままでここが一つです。
 ここが無、この表現が無、この裏返しが無、このまま、そのままで無です。

今ここが完全なる一つだからこそ、
この完全なる二極の次元が存在できます。
ですから全てのものが今そのままで完全です。
このことが解った瞬間、自分の中の欲望が
雲散霧消していることに気付くでしょう。
そのとき大安心の境地にいる自分自身を観ることでしょう。

あなたの前に今困った人がいるとするなら、
それは単にあなたがその人を困っていると認識しているだけであり、
あなた以外に困った人など存在していないのです。
あなたが困っているだろうと想像しているだけなのです。

「いや、現に病気で困っている人がいる」とあなたは言います。
それでも私は言います。
ずっとずっと上から眺めてみると、
病気の振りをして何かを気付かせようとしている人と、
その人を見て混乱するという体験を学んでいる
あなたがいるだけであることが解ります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ネオは悟りきる前までは真剣に戦う。
トリニティーやモーフィアスを守って、力の限りを尽くす。

実在の世界に気づき尽くすまでは、
仮想現実の世界でもせいいっぱいやるしかない。
わたしたちの多くは、まだ悟ってない。

一方の活動を続ければ、必ず反対方向の動きが出てくる。
でも、守りたいものを守る行動しかできない。

悟れる人が少ないのを見越して、
比嘉良丸さんのような超人が祈るのだろうか。
でも、もし比嘉さんのような人が大勢いたら・・・・・
[PR]
by wakeup71 | 2011-09-09 22:18 | 原子力発電